パンデミック時代に考える食と農(AMネット会報LIM95号(2020年6月発行)

AMネット会報LIM95号(2020年6月発行)より、コロナ後の世界を考える重要な視点です。
旧ブログより再掲します。

パンデミック時代に考える食と農
平賀緑(AMネット理事、京都橘大学 経済学部 准教授)

COVID19パンデミックによる食と農への影響について、メディアでも取り上げられ、国内外でさまざまな論者が論じ、研究者もこのトピックに飛びついている感がある。

重要課題ではあるものの、あまりの「流行」に天邪鬼な私はやや引き気味でいたが、学生たちに講演する機会もあったため、思うところをまとめてみた。あくまで2020年5月現在に国内外の議論を聞いて考えたエッセイであって、自ら調査研究を手がけた内容ではないことをご了承いただきたい(元となった講演は文末参照)。

パンデミックにより「自粛」要請された外食産業が影響受けていること、キャンセルされた宴会用やオリンピック需要を見込んだ食材、そして給食のための食材が無駄となってしまったこと、そのため政府が「お肉券」など導入しようとして頓挫したこと(まだ諦めてないようだが)。

また農業生産現場では、安い労働力として依存を強めていた外国人「研修生」が来日できず農作業や出荷作業が滞っていること、外食産業で多いバイトが消えて学生たちも困窮していることなどなど。

そして「食料」輸出国が輸出制限したことから「『世界同時多発食料危機』が自給率4割の日本を襲う」と警告が発せられた。
世界に目を向けると、確かに4月頭には国連食糧農業機関(FAO)、世界保健機関(WHO)、世界貿易機関(WTO)が世界的な食料不足の恐れを警告している。

海外でも移民労働者が動けなくなったため農業生産・出荷作業も滞っている。もとから劣悪な労働条件だった食肉処理工場では、米国で2万人、ブラジルで数千人が集団感染するなど、食料サプライチェーンの行き詰まりが懸念されている。

しかし食料の不足より、それ以上に、パンデミックによる貧困化・経済的影響による飢餓が懸念されている。

現在パンデミックにより影響を受けている食のグローバル・サプライチェーンを簡単に書き出してみると次のようになるだろう。

世界的に大手数社が寡占状態の農業資材(種子、化学肥料、農薬など)への依存

・・これが物流の寸断で滞り

 ↓

安価な外国人労働者や季節労働者(日本では「海外研修生」)を多用しての大規模農業生産

・・人の移動禁止で滞り

 ↓

大手数社が寡占する大規模な食肉処理場・食品加工場

・・もとから劣悪な労働条件に加えて政府・企業が稼働を強行して人権侵害的な感染が広がっている

 ↓

WTO自由貿易体制に組み込まれ拡大した農産物・食品の国際貿易や長距離輸送

・・移動禁止や輸出規制による「食料危機」が叫ばれる

 ↓

大手小売店の発展(スーパーやコンビニが主な食料入手先に)

・・買い占めにより食料不足。この現場では学生バイトも仕事が忙しくなったとのこと

外食・中食など「食の外部化」の発展

・・補償なき休業要請により経営危機や失業。パートやバイトの学生たちも収入減。

・・ステイホームでの食生活はインスタント、レトルト、スイーツが増えて、逆に不健康になったとの声も

これが「アフターコロナ」に人とモノの流れが復元されて、元の食料システムを復活できればすべてOKだろうか?

そもそも、なぜ、ここまで寸断されるほど食のサプライチェーンが世界中に引き延ばされ、「不要不急」を控えたら無駄になる食材がこれほど増やされていたのか。

■食の国際貿易とグローバル生産体制を押し進めてきた歴史

これほど危機に弱い食料供給体制は、比較優位理論で生産を特化し、その国際貿易を押し進め、労働力には季節労働者や外国人労働者を使ってコスト削減するなど、過去半世紀にわたり「効率性」を求めてきた結果だという(J. Clapp)。

1980年代から途上国に対しては構造調整計画(SAP)を押しつけ、人々の口に入る食べものより輸出して外貨を稼ぐ商品作物の生産を押し進めたこと。

GATTウルグアイラウンドからWTO成立につながる農業分野の交渉の結果、「農業に関する協定」によって農業と食料が自由貿易体制にがっちり組み込まれたこと。

加えて、租税回避や経済の金融化が、タックスヘイブンを組み込んだ国際貿易や企業の多国籍化、さらに農地や食料の金融商品化を押し進めてきた。

今日世界では、生産された食料の約4分の一が国境を越えて貿易されるという。

日本に関しては1985年のプラザ合意とそれに続く「前川レポート」によって「開発輸入」や食品企業の海外進出が、食のグローバル化を一段と拡張した。

加えて、近年のTPPや日米、日EUなど自由貿易協定の数々によるさらなるグローバル化を推し進めていた最中だった。

結果、生産から消費まで長く伸びきった食料サプライチェーンが発展していた。
「効率性」を高めるため特化した生産や加工現場は生産量や生産物を変更しづらく、寡占が進んだチェーンの一部が寸断されるとチェーン全体が行き詰まる、危機にもろい食料システムとなってしまった。

■付加価値を追求してきた「不要不急」の食

学生たちにネット越しで様子をうかがったところ、居酒屋系のバイトは消滅して困っているが、逆にピザやファストフード、スーパーのバイトは忙しくなったとのこと。ここから「不要不急」の食と、「必要」な食とが対比されて興味深かった。

そこで思い出したのが、デヴィッド・ハーヴェイが現在の消費について語っていた話だった。

必要以上を消費させることが勝負の現在経済において、ハーヴェイがツーリズムの発展について述べていたのは、ツーリズムで文化的な経験を販売することだった。
旅先で、「ご当地」を体験し、「ご当地」の食を楽しむ。旅先では財布のヒモも緩み、より多く消費してくれる。

こうした「経験の消費」は、輸送や在庫管理することなく生産した「経験」が消費された瞬間に換金され価値が実現される。
かつ、いくらでも多く消費してもらえる。

これをハーヴェイは「consumption of spectacular(華やかさの消費)」と説明していた。基本的物資の生産と保有が一巡してしまった現在の世界に、ツーリズムがこれほど推進されたのがよく分かる説明だ。

 「経済学とは、社会がその希少な資源をいかに管理するのかを研究する学問」と教科書は定義づけ、生産についてが注目されやすい。

しかし、生産した商品の価値は、販売しなければ実現できない。
現在でもGDPの最大部分を占めているのは消費であり、消費の増加が経済成長を支える。

ところが、これだけ物が溢れて必要な物はほとんど揃っている現在、必需品だけを生産していては利潤を見込めない。
そのため企業は、消費者も気づいていなかったようなニーズを開拓し、新商品を絶え間なく打ち出し続ける。

食の世界でも、必要なカロリー以上を消費させるため、目先を変えた新商品が次々発売され、企業は塩と砂糖と油を使って必要以上に食べさせるためのノウハウを研究している(詳しくは『フードトラップ』に)。

そして利潤を得るために、基礎的な食べものより、「高付加価値」な食品への転換が促される。
牛肉1kgを生産するためには穀物9kgが必要だから環境コストが高いとしばしば非難されるが、これは裏を返せば、穀物9kgを出荷するより牛肉1kgに変えて出荷する方が「付加価値」がつくからという、利潤追求と経済成長の戦略でもある。

草や畑の残さや庭の虫を食べていた牛や豚や鶏(庭鳥)を閉じ込めると、外部から穀物など飼料をインプットする必要に迫られる。
裏を返せば、補助金漬けで過剰生産した大豆やトウモロコシの価格を維持し市場を拡大するため、加工型畜産を組み合わせると都合良いとも考えられる。

日本の農業生産現場におけるコロナ禍を特集したTV番組でも、今まで「強い農業」のために政府が押し進めてきた、より高付加価値化にとりくみ、より輸出向けに力をいれていた生産者さんが、今一番コロナ禍の影響を受けていると報道していた。

だから日本の牛肉生産者を支えるために「お肉券」との発想に至るわけだ。

覚えておきたいのは、このような「不要不急の食」は、消費側にとっては不要不急で自粛可能かもしれないが、その生産者にとっては生活のため必須だということだ。

その意味では、販路が絶たれた牛肉生産者や、居酒屋でのバイトを失って困窮している学生たちのたちまちの生活を支援することは必要だろう。現場のある農林水産業、物流、小売、外食産業などリモートワークできない食料システムの各段階で「必要な食」を支えてくれている、普段から安く使い倒されてきた多数の労働者についても、スタッフへの感染の危機と併せて労働条件の見直しが求められる。

ただ同時に覚えておきたいのは、パンデミックの前から、肉や油や加工食品を多用する現在の食料システムは、地球の環境も人の健康も破壊していたことだ。

大豆やパーム油の増産が原因と目されているアマゾンやインドネシアでの森林火災や、気候変動サミットに行って嬉しそうにステーキを食べて世界の冷笑を買った環境大臣など、まだ1年内の話である。

環境と健康と地域社会を破壊していた農業食料システムをアフターコロナに取り戻しても、ウィルスではなく農業食料によって、地球と人の寿命は短命に終わるかもしれない。

■モノカルチャーによる生命の大量生産

かなり早い段階から霊長類学者グドール氏はウィルスの世界的大流行は
「人類が自然を無視し、動物を軽視したことに原因がある」
と指摘していた。

「これは何年も前から予想されてきたことだ」とも。

他の論者からも、野生動物の生態圏が破壊されたから人間の生活圏にウィルスを持ち込むことになったとの指摘もある。
野生動物がビジネスになったからこそ、武漢の市場に集められていたのだとも考えられる。

加えて、家畜を閉じ込めて大量生産する「工業的畜産」「加工型畜産」「集約型畜産施設(CAFO)」と呼ばれる畜産形態にもウィルス発生の疑いが向けられている。

ウィルスの発生と人への感染の実態はまだ分からないが、工業的畜産がウィルスの培養槽となったことは充分考えられる。

COVID19の前から、抗生物質を多用しすぎて耐性菌が脅威となり、鳥インフルエンザ、狂牛病、豚インフルエンザ、豚コレラと家畜の病気が次々発生するなど、畜産現場は病んでいた。

豚の方が内臓が人間に似てるから感染しやすい、と聞いたのは、私が丹波で鶏や鴨を放し飼いしていたころだった。
同じ町内に数年前、鳥インフルエンザを発生させた浅田農産があり、私たちがいたころにも小規模な鳥インフルエンザが問題となったため、「感染源」と目されていた野鳥との接触を避けるために鳥たちを密閉しろと指導が入った。

閉じ込める方がストレスが溜まって不健康になると抵抗した私たちに、保健所のスタッフも、走り回る鳥たちを見ながら、ここの鳥たちは元気なのはわかりますけどね、と言われた。

現在また、豚コレラを防止する感染症予防対策として農林水産省は家畜放牧を禁止しようとしている。

私は理系研究者ではないので断定できないが、たとえ野鳥がウィルスを保有していたとしても、それを「高病原性」鳥インフルエンザ(HPAI)に強化したのは、遺伝的に同じ鶏を密集させて大量生産していた工業的畜産の鶏舎が培養槽として機能した結果と考えている。

基本的に、植物も動物も、単一種を同じ所で大量生産すると病弱になる、同じ種が密集すると病原菌の培養槽となる、と考えている。

連作したり、モノカルチャーで単一作物を大量栽培すると、農薬や消毒が欠かせなくなる。

逆に、いろんな植物を共に育てる方が強くなるとして、コンパニオンプランツという手法も知られている。

自然界は植物も動物も、一つの種を一所に集めない。

必ず植物も動物も微生物もウィルスも混ざった多様性のなかで生きている。

多様性があれば、弱い個体は食べられたとしても、同じ種の強い個体、免疫性や対応性を得た個体が生き延びて、種は生き延びる。

しかし、「商品」として輸出したり出荷したりする作物を「効率的」に栽培するため、産業としての農業では生物多様性が削られてきた。

かつてアンデスの民が多種類育てていたジャガイモは、現在では4~5種が世界的に生産されている。

同時に、工業的農業に基づく私たちの食生活も単調化されてきた。
これだけ多種多様な食品が溢れているのに!と思われるかもしれないが、ではなぜ、数種類の穀物・油糧種子の輸出が止められただけで騒ぐのだろう。

日本において、日清製粉と日本製粉の小麦粉、日清オイリオとJ-オイルミルズの食用油、三井製糖と日新製糖の砂糖を口にしないことがどれだけ難しいか、試してもらいたい。

いずれも、150年前には常食していなかった食品であるにもかかわらず。

世界的には、「ABCD」と称されるアグリビジネスが「この世界には、自由市場で取引されている穀物など、一粒たりとも存在しない」と豪語している。

つまり、これら大企業が扱う数種類の食材に、私たちの食生活が依存している。

■人と環境と地域社会の健康を第一にする「エコロジカル・パブリック・ヘルス」を

「アフターコロナ」の食と農についても、すでに多くの人が、より地域に根ざした、より持続可能な食と農を、この危機をきっかけに見直すべきと述べているため、ここでは繰り返さない(岡田先生の記事も参照)。

ただ、「ショックドクトリン」のナオミ・クレインが「コロナショック」を警告しているように、下手をすれば、このショックでより破壊的な社会が作られる危険性も充分ある。

そもそも、食料自給率や農業の存続を懸念する声は聞こえても、見かけは食品がありふれている日本において、現在の食料システムが生活習慣病の要因として不健康を広めていたり、気候変動の一大要因として地球を破壊していたりとの認識は薄い。

肥満という目に見える不健康が社会現象として問題化された欧米においては、私たちの食生活を形成する政治経済社会的な要因についての研究が進んでいる。

その中でも著名な論者であるTim Langは、食を健康と環境と社会正義の要と捉え、人と環境と地域の健康改善を第一目的とする「エコロジカル・パブリック・ヘルス」を提唱した。

public health とは、日本語では公衆衛生と訳されるが、正しくは「health of public (大衆の/人々の健康)」を意味すると考える。

見かけの経済成長を無理やり押し進めてきた資本主義的経済社会の世界において、パンデミックは自然現象ではなく人間が作り出した経済社会の結果だったとの声も聞く。

そのため、今後パンデミックは継続的な状態となるかもしれない。

資本主義的経済の発展の中で、人間は、医学などの知識と技術で弱い個体を救う術も手に入れたが、格差社会の中で健康的・環境的・経済的コストを弱者に押しつける社会システムも作ってきた。

しかし、経済とは、もともとは「経世済民」として、世の中を治め、人民の苦しみを救うことを目的としていたはずだ。

パンデミックを乗り越えるために「命か経済か」ではなく、「命のための経済」を取り戻すことが重要だろう。

弱者へのしわ寄せを防ぎつつ、本来の、自然の恵みである農と生命の糧である食と、それを支える地域経済社会とを取り戻すきっかけになればと願っている。

2020年5月14日「パンデミック時代に考える 食と資本主義の歴史」講演(約90分)はこちらのyoutube再生リストから視聴できます。

(短縮URL https://bit.ly/3gQsvN8

<平賀 緑プロフィール>

 広島県出身。1994年に国際基督教大学卒業後、香港中文大学へ留学。香港と日本において新聞社、金融機関、有機農業関連企業などに勤めながら、1997年からは手づくり企画「ジャーニー・トゥ・フォーエバー」共同代表として、食料・環境・開発問題に取り組む市民活動を企画運営した。2011年に大学院へ移り、ロンドン市立大学修士(食料栄養政策)、京都大学博士(経済学)を取得。植物油を中心に食料システムを政治経済学的アプローチから研究している。

主な参考文献/サイト:

David Harvey’s Anti-Capitalist Chronicles (podcast)
https://anticapitalistchronicles.libsyn.com

Eric Holt-Giménez (2017) “A Foodie’s Guide to Capitalism: Understanding the Political Economy of What We Eat" Monthly Review Press
https://foodfirst.org/a-foodies-guide-to-capitalism-understanding-the-political-economy-of-what-we-eat/


Jennifer Clapp “Spoiled Milk, Rotten Vegetables and a Very Broken Food System"
The New York Times (Opinion) 2020年5月8日
https://www.nytimes.com/2020/05/08/opinion/coronavirus-global-food-supply.html

マイケル・モス(著)、本間徳子(訳)『フードトラップ 食品に仕掛けられた至福の罠』日経BP、2014年

霊長類学者グドール氏 コロナパンデミックの原因は「動物の軽視」
AFP 2020年4月12日
https://www.afpbb.com/articles/-/3278221

岡田知弘「コロナと闘う5 地域ごとに課題潜在 問われる自律体制」
日本農業新聞 2020年05月09日
https://www.agrinews.co.jp/p50745.html

https://www.change.org/p/江藤-拓農林水産大臣-放牧制限しないで

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